ニセコ 五色温泉|ニセコ 秘湯温泉

旅行したからにはバイキング~なんてのもいいけど、たまにはこうしてアウトドアチックなかんじなのもイイネ

五色温泉旅館の雪の壁

冬期間の11月~5月は倶知安市街地からは通行止めになるので、ニセコ・蘭越方面からお越しください。冬季間に風雪がひどい場合は、道路が封鎖されるため、来場出来ないか帰宅出来ない事態が予想されます。状況を見ていただくか、事前にご連絡いただけます様、お願い致します。

五色温泉へ行くまでの道のりはとても険しい…という表現が合っているだろう。夏は車で行けばなんてことはないが、冬は本当に大変というか幻想的というか。なんせ道路の両端がものすごい雪の壁!数メートルはあるであろう。あれは、さすが北海道だな~と感じさせられましたね。

五色温泉は温泉だけじゃないんです

ニセコ五色温泉は秘湯としても人気の温泉です。だがしかし、地元民からすると五色温泉は温泉へ入りに行くことも度々ありますが、実は温泉だけが目的ではないのです。五色温泉近所に暮らす住民たちの間では、冬以外に「五色温泉行ってみようか」と、こんな号令がかかれば、それは”山菜採りに行く”という意味合いでもあります。

五色温泉近辺は地元民のみが知る山菜採りスポットなのです。夏場は軽装でも歩きやすい山で、誰でも上りやすいハイキング感覚の山なのです

どうでもいい情報。笑

そのため号令がかかればリュックには山菜を入れるスーパーのビニール袋と、帰りに立ち寄る温泉用のタオル、700円を持って集合します。これが五色温泉近辺に暮らす住民の楽しみなのです。
ちなみに近辺と言っても、おおよそ45kmは離れていますけどね。北海道人はこれぐらいの距離間は“近所”と言います()どうでもいい情報でした。

ニセコ五色温泉の歴史

五色温泉では現在まで2件の宿が営業を続けています。もともと江戸時代文化初年1804年までには豊富なニセコヒラフの硫黄が採掘され、岩内港から海産物などとともに、船で北陸関西圏をはじめ全国各地に運ばれていました。当時すでにマッチなど、全国の都市部では欠かせない工業生産物各種の原料生産拠点でもあった羊蹄エリア。

このとき採掘のために広く切り開かれた山が、年月をかけて緑を養い現在の景観を作っているのです

明治末から大正にかけての温泉開発ラッシュ

その後、明治の末から大正にかけて、同じニセコエリアで起こった温泉開発ラッシュ。もともと内陸部の開墾入植は非常に遅れており、鉱山労働従事者などの一部を除けば、明治20年代に始まったといわれています

その後、北海道に開設された国の機関、道庁や殖産企業などの役人の家族や、帝国大学生などに広がったスキーブーム。札幌からほど近く、海外からの現代のスキーヤーたちも魅了するほどのパウダースノーに登山、温泉などのアクティビティが評判となり現在のニセコ、ヒラフに挟まれた五色温泉ブランドとしての名声につながっています。

ニセコ五色温泉旅館

一つは、昭和5年に開業した、ニセコ五色温泉旅館。ニセコ町と蘭越町の境界に位置し、非常に素朴なログ風木造建築がどこか懐かしい新館と別館にたった17室の旅館。

以前は旧館や旧旧館という、さらに風情と歴史を感じさせる仙人風呂や混浴風呂のある建物がありましたが、数年前あらたな川がその下にできてしまったために取り壊しに。現在は男女別で、それぞれ雄大な景色を望める開放的な浴場で人気となっています

日本秘湯を守る会の一つはニセコ五色温泉旅館です

ニセコ五色温泉は「日本秘湯を守る会」の温泉ということもあり、宿の素朴さも全国の温泉マニアから根強い人気。男女とも、内湯と露天風呂(大浴場とカラマツの湯)が2つずつあり、まったく異なる景観を楽しむため、浴場を行き来する人がほとんどです。

家族経営で切り盛りしており、宿泊者には地域の山菜などをふんだんにつかった料理も好評です。
リゾートホテルのような充実の設備ではないものの、山小屋のような人のぬくもりと建物の持つ味わいを手軽に感じることができる宿として、広く人気です。

長期利用が可能な湯治部屋もご用意

宿泊のほか立ち寄り入浴なども人気で、シャンプーリンスや温泉など、豊富なアメニティが備え付けの上、駐車場が80台もあり、アウトドアスポーツ帰りにも便利。

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