網走監獄を脱獄|網走刑務所

網走監獄内には重要文化財や登録文化財に認定された建造物がいくつも保存され、受付窓口で配布されるガイドマップ通りに進むと滞りなく施設内を見学することができます。メインは八角形の中央見張所から繋がった放射線状に建つ5つの囚人監房。八角形にした理由は、通路が見渡せて少人数で受刑者の監視ができるからなのだとか。
囚人達が寝泊まりをする部屋には、内側だけでなく外側にも居房番号と頑丈な窓格子が付けられ適材が揃わなかった明治時代とはいえ、脱獄するなど考えられない複雑な造りになっています。
また、受刑者達の入浴シーンもリアルでおもしろい。網走監獄では浴場に蝋人形を何体も設置し、刺青を入れた人やかけ流しをする人など囚人達の入浴シーンが再現されています。
入浴は監獄生活の中で一番ほっとする時間だったそうで明治45年にはコンクリートの浴槽にボイラー式を取り入れるなど近代的な浴場だったこともわかっています。
入浴人数や時間は決められており、脱衣3分、入浴3分、洗身3分、あがり湯3分、着衣3分、これら全てが看守の号令のもと15分刻みで行なわれていました。
6月から9月までは月5回の入浴、寒い冬場は月にたった1回の入浴しか許されなかったそうです。網走監獄へ足を踏み入れると当時の監獄ならぬ寒獄な囚人達の生活がリアルに伝わってきます。

網走監獄 脱獄|網走刑務所

[box class=”blue_box”]受刑者が恐れた独居房[/box]

独居房とは、刑の重い受刑者への懲罰として放り込む場所で窓や光も入らない暗い小屋のことです。
網走監獄内の独居房は2つ。独立型独居房と煉瓦造り独房があり1囚1房を原則とする監獄法に基づいて投獄されていました。その後社会復帰が行刑の目的となり社会性が養われる監獄法へと次第に変化していったのだそうです。
今でこそ網走監獄の夏場は涼しく真冬もそこそこ暖かい中で観光できますが、当時の真冬は零下30度に下がることも珍しくない時代。風を遮る二重扉や暖房がない小屋で7日間に渡って重湯と白湯だけが与えられました。冬に閉じ込められた受刑者達は凍死寸前や死者がでたほどで受刑者達の間では最も恐れられた懲罰と言われています。
網走監獄の独居房は明治時代に別の刑務所から煉瓦造りに長けた囚人達を集め、彼らの手によって作られたものです。他にも倉庫や門など様々な施設造りに徹し現在は復元式が公開されています。

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[box class=”blue_box”]監獄食堂で囚人飯をいただこう[/box]

網走監獄では実際に刑務所で囚人達が食べているメニューを基に囚人飯を再現。明治時代の質素な食材とは異なり、焼き魚や切り干し大根、味噌汁など栄養満点の一汁三菜を主にしています。金額は800円前後~となっているのでその辺の定食代とほとんど変わらない料金で食べることができます。
当時は戦時中もあって食料も十分ではなかった時代。過酷な労働を強いられているのは受刑者だけでなく刑務所内を看守する彼らも同じでした。交代制とはいえ24時間監視しなければならないため冬場は凍えるほど寒く過酷で厳しい世界だったと言われています。看守らは三星という言葉をよく使っていたそうです。三星とは朝星、昼星、夜星と言って星が輝く頃に出勤し夜空を仰いで帰るという意味があります。
そしてもう一つは梅干し。梅干しを食べれば風邪をひかないということから昼食には必ず梅干しがついていました。
驚いたのは、米飯を食べることができたのは囚人達だけであったこと。看守を含めた刑務所の職員は配給しか手に入らず米飯はめったに口に入ることはなかったのだそうです。
このことから、北の刑務所こと網走監獄がいかに辛く地獄のような生活だったか。監獄を支え続けた刑務官達の苦労が垣間見れるような気がします。
日本一過酷と称された極悪最凶の網走監獄へぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

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